2026年04月22日

こうほう「旭川市民」発行1000号の歩み

本市の広報誌は、昭和26年9月に「弘報旭川市民」として創刊しました。 モノクロ4ページで始まった紙面は時代と共に形を変え、令和8年4月号で1000号を迎えました。 記念すべき本号では、当時の誌面やこれまでの変遷を紹介しながら、広報誌が刻んできた軌跡を振り返ります。


あの時、あの場所で

市民の皆さんを見つめ、市民の皆さんに支えられて1号ずつ発行を積み重ねてきた広報誌。この75年間、さまざまな場面を切り取り、お伝えしてきました。
ここでは、広報誌に掲載してきた市民の皆さんの姿に焦点を当ててご紹介します。

昭和32年8月号

ごみ収集に出す様子。鈴の音が収集の合図で、ごみ箱を持ち寄り捨てていた。

 

昭和40年4月号

3,860人の新1年生が期待と希望を胸に入学(東町小学校)。

 

昭和41年 4/25号

半年ぶりの朝のラジオ体操を楽しむ子供会(曙2の6)。

 

昭和41年11/25号

青少年科学館ご自慢のロボット「ロボ太」。身長177cm、体重100kgで歩行・関節旋回が可能。子供たちの人気をかっさらう。

 

昭和42年6/25号

オープンしたばかりの旭山動物園。愛嬌たっぷりの子ゾウに大勢の市民が興味津々。

 

昭和44年9月号

旭川平和通買物公園誕生に先駆けて実施した社会実験。子供たちに一番人気だったゴーカート。

 

昭和50年7/15号

早朝の公園で行われた地場産野菜の朝市。買い物かごを片手に多くの主婦たちでにぎわう。

 

平成元年2月号

旭川から全国に向けて秋・冬物の女性ファッションを発信。旭川ファッションコンテスト。

 

平成3年12月号

炸裂するサウンド!観客の熱気が伝わる野外フェスティバル!旭川ミュージックフェスティバル・ライブジャムの様子。

 

平成8年12月号

手作りの陶器キャンドルの明かりがまちを彩り、子供たちの瞳を温かく照らす北都あさひかわ夢灯り。

 

平成16年7月号

オープンしたばかりの「あざらし館」に市民が釘付け。この年、旭山動物園の入園者数が初の月間日本一(7月、8月)を記録。

 

平成24年2月号

全面カラーで初めて色鮮やかな振り袖姿を掲載。弾ける若さをお届け。

 

令和7年10月号

買物公園で行った「まちにち計画」。スマートフォンも映りこみ、新たな時代の様子が分かる1枚。

 

広報誌の変遷

創刊号(昭和26年9月)

『弘報旭川市民』小さな文字でぎっしりと書かれています。

 

162号(昭和39年4月)

紙面サイズを横長A5判に変更。ページ数は12ページほど。

 

449号(昭和55年5月)

紙面サイズを縦B5判に変更。表紙がカラーに!

 

761号(平成18年5月)

『こうほう旭川市民』の愛称を「あさひばし」に決定!

 

979号(令和6年7月)

デザインシステムを表紙に導入。現在の広報誌に!

 

プレイバック!こんな記事掲載してました

これまで広報誌に掲載された数々の記事の中から、時代を感じるコーナーや市民に寄り添った内容をピックアップ。あの日の記事をもう一度振り返ります!

ザックバラン氏

名前のとおり気持ちはざっくばらん。パントマイムで郷土を明るく築きあげようという意欲に燃える。
(昭和32年4月号~昭和35年12月号)

 

私の趣味

市民が熱中する趣味を紹介。ほかにも、得意な料理のレシピや独自の健康法も掲載していました。
(昭和63年8月号)

 

若人NOW

まちの未来を担う“若者”にスポットを当て、仕事への情熱や将来の夢など若者が活躍する姿を伝えていました。
(平成6年6月号)

 

これからも「旭川市民」の 姿を伝えていきます

創刊から1000号まで変わらないもの、それは広報誌の名前にある「旭川市民」の4文字です。積み重ねた誌面は、このまちを支え続けた「旭川市民」が生きた証であり、その歴史の重みは未来の旭川への贈り物でもあります。
「旭川市民」と共に、広報誌はまた新たな1ページを紡いでいきます。


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