中国書道の巨匠・王鐸(おうたく)の生涯とダイナミックな書風
王鐸(おう たく、1592年 - 1652年)は、中国の明末清初に活躍した高官であり、書道史にその名を残す偉大な書家です。同時代に活躍した董其昌(とうきしょう)とともに「南の董、北の王」と並び称され、現代の日本の書道界にも絶大な影響を与え続けています。
政治家としては、30歳で科挙の最高試験(進士)に合格して明朝に仕え、最終的に礼部尚書(大臣に相当)まで上り詰めました。しかし明の滅亡に際して清朝に降伏し、清でも高官として登用されたため、当時の人々からは「二心の臣(節操のない人物)」として批判を受ける複雑な政治的背景を抱えました。
書家としての王鐸は、王羲之(おうぎし)・王献之(おうけんし)などの「二王」をはじめとする古典を「一日臨書し、一日創作する」という習慣で徹底的に研究しました。彼の最大の特徴は、単に形を模倣するだけでなく、古典の精神をベースに大胆な誇張や変形を加える「意臨(いりん)」にあります。特に縦に長い紙(長条幅)に文字同士を激しく連ねて書く「連綿草(れんめんそう)」は彼の代名詞であり、うねるようなリズムと強烈な筆勢によるダイナミックな造形美を確立しました。
代表作には王鐸の草書芸術の最高傑作の一つ『詩巻』狂草(奔放で激しい草書)で七言律詩などを綴ったものや王鐸の死後、遺された作品や臨書を息子の王無咎「おう むきょう」がまとめた法帖『擬山園帖』などがあります。
日本では、戦後に書家の村上三島らが王鐸の書風を精力的に紹介・研究したことで、現代の漢字書道や展覧会作品の表現に多大な影響を与えました。空間を大きく活かし、スピード感と強弱に満ちた王鐸のスタイルは、現在も多くの書道家に愛され親しまれています。
『故宮博物院』の看板を書いた男――郭沫若と「郭体」の魅力
郭沫若(かく まつじゃく、1892年 - 1978年)は、現代中国の政治家・考古学者・文学者であり、近代中国を代表する異色の書家です。詩人や学者としての深い教養に裏打ちされた独自の書風は「郭体(かくたい)」と称され、新中国の公共文化を象徴する顔となりました。
若き日に日本へ留学した郭沫若は、のちに医学から文学・歴史学へと転向し、詩集の発表や戯曲の執筆、さらには甲骨文字や金文(青銅器の文字)の解読で世界的業績を挙げました。
彼は甲骨文字研究の四大学者「甲骨四堂」の一人に数えられ、古代文字への深い造詣が書風に揺るぎない骨格を与えました。
1949年の中華人民共和国成立後は、初代中国科学院院長や副委員長などの要職を歴任し、国家的な文化人として全国各地の博物館や大学、名勝の題字(看板の文字)を数多く揮毫しました。
書風の特徴は、王羲之(おうぎし)や顔真卿(がんしんけい)などの古典を根底に持ちつつ、古代文字の研究成果や奔放な感性を融合させた点にあります。右上がりの強いダイナミックな筆勢と太く力強い線質を併せ持ち、文字の重心を傾けたり払いを伸ばしたりする独特の造形美を確立しました。その書には古代金文のような素朴で頑強な味わい(金石気)が根底に流れています。
代表的な揮毫には北京の『故宮博物院』の看板や『中国人民銀行』の題字などがあり、現在も中国全土で目にすることができます。
伝統的な模倣に終始せず、学者としての知性と壮大なスケール感を融合させた郭沫若の筆致は、20世紀中国の現代書道史を語る上で欠かせない巨匠として高く評価されています。
現在の郭沫若作品の取引額は数百万円~
清朝皇室の血を引く書家|啓功の足跡と「啓体」の魅力
愛新覚羅 啓功(あいしんかくら けいこう、1912年 - 2005年)は、現代中国を代表する書家・画家であり、古典文献学や古代文物鑑定の分野でも多大な足跡を残した文化界の巨匠です。
中国書法家協会の名誉主席や西泠印社(せいれいいんしゃ)の社長などを歴任し、彼が確立した独自の書風は「啓体(けいたい)」と呼ばれ、現在も中国全土で絶大な人気を誇っています。
清朝第5代皇帝・雍正帝(ようせいてい)の9代目の子孫にあたる高貴な血筋ですが、家道の落ちた環境のもと独学で書画や文学を修めました。
名声に奢らず自ら「啓功」とだけ名乗ることを好んだ彼は、その才覚を見出されて北京師範大学の教授として長年壇上に立ちました。
激動の文化大革命期には批判対象となり、大量の壁新聞(大字報)を何千枚も書かされる過酷な環境に置かれましたが、彼はその日々を練習の糧として自身の書法を練り上げました。
「啓体」と称されるその書風は、清雅(清らかで上品)かつ爽利(伸びやかで軽快)と評されます。唐代の柳公権や欧陽詢といった楷書の巨匠を徹底的に研究し、無駄な肉付けをそぎ落とした端正な骨格を持っています。また、古典名筆の文字構造を科学的に分析して「文字が最も美しく見えるバランス(黄金比)」の構造法則を独自に体系化しました。奇をてらった激しい誇張を避け、滑らかで澄み切った線で書かれた作品には、学者の深い教養と人品が溢れています。
書道のみならず、国家文物鑑定委員会の主任委員として国宝級書画の真偽鑑定や保護に貢献したほか、古典小説『紅楼夢』の研究や古典詩人としても優れた業績を残しました。人柄も温厚で親しみやすく、頼まれれば市井の老舗や一般人のためにも気軽に筆を揮いました。現在でも北京の街頭には、彼が揮毫した書店や薬局などの看板が多く残されています。
愛新覚羅の血を引く貴族でありながら、一生を学問と芸術に捧げた啓功は、「現代中国における最後の文人(学者・詩人・画・書)」と称えられており、その理論や書風は今なお多くの書道学習者に受け継がれています。
現在の愛新覚羅啓功作品の取引額は数百万円~
お宝をお持ちの方は本郷美術骨董館札幌時計台店まで!
北海道・青森県・岩手県・秋田県にある、
王鐸・郭沫若・愛新覚羅啓功作品の買取は本郷美術骨董館札幌時計台店へ












