国道40号線から旅人はラストロードに夢を掲げる

国道40号線から旅人はラストロードに夢を掲げる

事もあろうにその日僕は自宅を通り越して国道40号線を北へと向かっていた。通り過ぎたと行ってもほんの少し。その少しの間に雨の中立っていた一人のヒッチハイカー。あの日なぜ自分の家を通り越してしまったのか。なぜ彼はこのたった少しの距離間で僕の車に拾われたのか。家に帰るつもりが知らない青年の夢に付き合った国道40号線の短い旅のお話。


「稚内」

降りしきる雨のせいだっただろうか、と言ってもあまり言い訳には程遠い気もするが、自分の家を通り越す失態には僕も自分自身を疑わざるを得ない。

37歳。僕もそろそろ本気出すかなと思っていた矢先の自宅オーバーラン。本気出した結果がこれだ。

そんな僕のオーバーランを待ち構えるように金髪の青年は『稚内』と書かれたボードを掲げ立っていた。

車を脇に寄せると金髪の青年が雨に濡れながら走ってきた。助手席の窓を開けた僕は少し顔を近づけて「とりあえず乗りなよ」とだけ答えていた。

旭川の国道40号線は北海道が暖かい季節になるとちらほらとヒッチハイカーが現れる。彼もその中の一人だ。

多くのヒッチハイカーが目指すように同じく彼も稚内を目指していた。

自宅に帰ろうとしていたのに普通に自宅にすら帰ることが容易でなくなってきた帰宅困難者の僕とは違って、夢を追いかけている輝きのある青年だった。


セナ

名前はセナと言った。父親が元F1ドライバーだったアイルトンセナのファンでつけられた名前らしいが、セナ自身はアイルトンセナを知らない。

冷たい雨で濡れた彼に僕はコンビニでコーヒーをご馳走してあげ再び車を走らせた。

「家に帰るつもりだったけど、君を乗せてしまったから次の士別か名寄まで乗せて行ってあげるよ」

大学生のセナは横浜から3日ほどかけてヒッチハイクでここまで来たらしい。「どこで寝てるのか?」と聞くと「コンビニのイートイン」だと答えた。まあ大学生なら机と椅子があれば寝れるのかもしれない。

就職はすでに決まり希望に満ちていた。大学の単位もほぼ取り終わり、余っている時間を使って自分のやってみたかったことをやっている、正に夢を叶えている最中の男。そんなセナの話を聞いてるのが少し面白かった。



どうする?

車の中でセナの話を聞いていると1時間ほどのドライブはすぐだった。気がつけば彼を乗せた僕の車は名寄のすぐ手前まで来ていた。

時刻は夕方6時。依然、雨は止む気配を見せない。

「今日はどうするのか?」そう尋ねると名寄のコンビニで一夜を明かすと答えた。

さすがにこの雨でのヒッチハイクは容易ではない。しかしこの時間から朝までコンビニで過ごすのも如何なものか。

セナ曰く「ここから先24時間空いているコンビニは稚内までない」とのこと。だからこのままだと今日の寝床は名寄のセブンイレブンに必然的に決定してしまうということだ。

さてどうしたものか。

旅は道連れ

セナがコンビニで一晩を明かそうと、雨の中ヒッチハイクを続けようと僕の人生には何一つ影響はない。むしろ無駄に片道一時間車を走らせた程度だ。

でもなぜだかセナの夢に付き合ってみたくなった。ヒッチハイクで日本の最北端に行ってみたいという、学生らしいそんな無邪気な夢に。

名寄にあるコンビニが近くなると「まあいいよ、それじゃあ稚内まで乗せて行ってあげるか」と僕はセナに言っていた。

セナはまさかの事態に喜んで「まじっすか?!旅は道連れっすね!」とはしゃいでいた。

名寄を通り過ぎたセナはもう怖いもの無しだ。後は助手席でくつろいでいればほぼ全自動で自分の夢が叶う。そんなセナの安心感が僕にも伝わった。

街灯が段々と少なくなり雨の夜道を走り続けるとお腹が空いた僕はセナを誘って美深町にあった一軒の古びた食堂に入った。

まるで昭和で全ての時間が止まってしまったかのような店内に「え?パラレルワールドですか?!このお店って時間軸止まったんですか?」と興奮しながら画像をとってインスタにアップしているセナとお店のコントラストが時代を感じさせた。

「好きなものでも食べなよ」そう言って僕はセナの道連れを歓迎した。

ラストロード

夕食を済ませた僕らは雨の夜道を再び北へと向かった。あとはひたすらまっすぐ北へ国道40号線を走るだけ。多くのヒッチハイカーはこのラストロードを助手席から眺めていったのだろう。

「セナ、稚内着いたらどうするの?俺は君を降ろしたらすぐに旭川に帰るつもりだよ」

「コンビニに泊まりますよ」というセナに「稚内のゲストハウスかライダーハウスを探してみなよ」と提案し、検索をさせると600円で泊まれるゲストハウスが見つかった。

「まじっすか?!北海道ヤベー!」と絶叫するセナに激しく同意。北海道やばいな。インドじゃん。

早速電話を入れて確認してみると空きがあるとのことだったのでセナは自分の予約を行なった。


車はひたすら雨の降りしきる夜道を北へ北へと向かった。

車中の会話はセナの帰りを横浜で待っている彼女の話やゲームの話、これから就職する仕事の話を嬉しそうにセナは楽しげに話していた。

学生がやっているゲームの話や彼女の話に興味があった訳ではないが、楽しそうに話すセナとの会話は僕の心をも弾ませた。

会話が底を尽きつけてきた頃、周囲に建物がちらほらと現れるようになった。稚内まではもうすぐだ。僕自身まさかこんな形で稚内を初めて訪れるとは思ってもいなかった。

街中に近づくとセナが予約した宿を探す。時刻は夜10時。

セナを降ろして旭川に再び戻るには気力が持ちそうになかった僕は、セナと一緒に泊まることにした。

「運転疲れたから俺も泊まるよ」そう言うとセナは大喜びした。「まじっすか?!やっばいっすね!!」

やばいよな。家に帰るつもりが稚内で600円の宿に泊まるんだから。


カオス宿ミツバチ

宿の名前は「ミツバチ」といった。

2段ベッドがいくつか並ぶ部屋の中にはびっしりと1980年代から訪れていたライダーや旅人の錆びついた写真がところ狭しと貼ってあった。

すでに寝ていた他の旅人に気を使ってセナは小声ではあったが「え?またパラレルワールドっすか?」と興奮気味に聞いてきた。パラレルワールドの好きなやつだ。

布団もどれくらい洗濯がされていないのか、匂いを嗅ぐ気にさえならなかったが「布団で寝れるなんて最高だ」とはしゃぐセナがうらやましかった。

僕は布団から出る埃でくしゃみが止まらなかった。


最北端

次の日僕は朝起きるとセナを揺すり起こした。

「最北端行こうか」

セナは寝癖のついた髪を整え歯を磨くとミツバチの中で何枚か写真を撮って身支度を終えた。横浜を出発して4日目。いよいよセナの夢が叶う。

思い返せば誰かの夢が叶う瞬間に立ち会うことって生きている間で何回あるのだろうか。人が夢を叶えてる時、実は世の中で一番すごい瞬間なのではないだろうか。そんなことを僕は考えながら車を走らせた。


宗谷岬に着くと強風に煽られながらセナは小走りでモニュメントへと向かった。

「すげー!ついに宗谷岬だー!」

喜ぶセナを横目に、昨晩初めて会った彼の夢の瞬間を一緒に迎えれることが嬉しかった。人生で何度経験できるか分からない他人の夢を叶える瞬間。


夢は皆違う

当たり前のことだが夢は皆違う。

僕にとっては夢でもなんでもない中途半端な距離にある宗谷岬でも、セナにとっては夢だった日本の最北端。

そんな彼を見ていて僕は思った。

人生とは自分が本気で成し遂げたいことや、本気で掲げる夢は叶うようにできているのだと。

あの日僕が自分の家を通り越したのもセナをその先で見つけ一緒に稚内に泊まることになったのも、全てはセナという男が純粋に自分の夢を叶えたいという想いが引き寄せたのではないか。

彼は誰かの力を借りて夢を達成したのかもしれないが、本来僕たちはいつも誰かの手を借りて全ての夢を叶えている。そんなことを教えてもらった気がした。

家に帰るつもりが、気がつけばセナの夢に付き合った。

長い人生そんな日もあるさ。

もし自分の夢を叶えたいのなら誰かの夢を叶えてあげるといい。それができるときっと自分の夢は叶う。

旭川を通る国道40号線はそんな夢を叶えてあげる者と、夢を掲げる者のラストロードなのだ。


この記事のキュレーター

バドミントン元全日本ジュニアチャンピオン。20代半ばよりオーストラリアで生活後、アジア、南米、北米を1年半放浪。帰国後は沖縄の宮古島、兵庫の淡路島などで島生活を経てバドミントンネパール代表のコーチに就任。その後メキシコでジュニア代表もコーチし、マヤ族と一緒に生活。海外ではクリスタルやオパールなどの天然石の買い付けも行い、マクラメジュエリー、アトリエ「名もなき石屋」を比布町で運営。著書にノンフィクション「旅を終えると君の余命は1年だった」を電子書籍出版。英語、スペイン語、手話での会話が可能。

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