地域おこし協力隊とは?
地域おこし協力隊とは全国の過疎に直面する過疎地で、大きな都市から移住することを目的に国が主体となって行なっている地域おこしの一環です。
人口減少に歯止めがかからない北海道は特に需要が多く、剣淵町に関わらず道内の多くの市町村で取り組まれています。
全てが当てはまるわけではありませんが、もちろん旭川から道内の過疎地に移住してそこの町や村で移住者として活動することも可能です。
行う活動や要望は市町村によって様々ですが自分の能力を試したい人や、田舎暮らしをしたいけど仕事をどのように探せば良いかわからない人などにとっては、まずは良いきっかけとして移住のステップを踏めるのではないでしょうか?もちろんそれぞれの市町村から給与は支給されます。
剣淵町で活動する2人
(左)小西さん (右)村上さん
2020年現在、剣淵町では奈良出身の小西さんと大阪出身の村上さんが活動を行なっています。
小西さんは北海道に移住をして6年目。
鹿追町、富良野市、東川町と農家での仕事を主に剣淵町へとやってきました。
一方村上さんは、地域おこし協力隊になる前に剣淵町で物件を購入し、その流れもあって剣淵町の地域おこし協力隊として活動することになりました。
現在は剣淵町の中心で「noir(ノアール)」というカフェを運営しています。
■北海道の生活で感じること
ありきたりな質問から始めましたが、関西出身のお二人からすると道民のペースはゆっくりと生活をしているように感じるようです。
もちろん剣淵町という過疎の町で生活をしているということもあるのでしょうが、それらを除いたとしても道民のペースはゆっくりだそうです。
また、雪の生活に憧れて来たものの想像を超える生活のトラブルに驚くことが多いとのこと。
「雪が多い日は家のドアが開かない」「寒い日は水道を落とすという北海道ならではのスタイル」「雪庇で窓が割れた」などなど。
ただそれらの不便を「楽しい」と語るように、一つ一つの手間を楽しんで生活ができているようです。
■北海道は外国
剣淵町での活動
北海道で生まれて北海道で生活をしている人には理解できないことかもしれませんが、道外の人からすると北海道は外国のような場所に感じる人が多くいます。
元々ネイティブ(先住民)が生活をしていた北海道や沖縄では本州の人が読めない漢字であったり、家の作りであったりと、最初はまるで異国に来てしまったかのように感じます。
それが魅力で観光や移住をしてくる人がいるのですが、元々住んでいる道民にはあまり理解ができない感覚かもしれません。
分かりやすく言うと北海道は道外の人からすると「日本語の通じる外国」ということです。
■二人が感じる道北の課題
お二人が剣淵町で活動する中で強く感じることが「旭川から北へ行く観光客が少ない」ということ。
剣淵町はアルパカ牧場や絵本の里など観光としてのスポットを保持しているにも関わらず、剣淵を通り越して稚内を目指す観光客が大半です。
町の規模からしても仕方ない部分はありますが、仕方ないと諦めるのではなく、その状況からいかにして剣淵町に立ち寄ってもらえるような魅力を作り出すかを考えています。
「よそから来た人ができるわけがない」そんな事を思う人もいるかもしれませんが、良質なアイディアなどは道民が持っていない視点からも発見することができると思います。
■協力隊の高齢化
日本全国の高齢化に伴って地域おこし協力隊の高齢化も比例するように進んでいます。
約10年前に始まったこの制度ですが、国の意向としては若い世代が地方に移り住み新たなイノベーションや地域活性化を目指していました。
しかし若い世代の人たちがあまり地方に行こうとはせずに、3〜40代の人たちが協力隊として多くなってきているのが現状です。
それらの年齢であっても地方では若手という見方をされるので問題はありませんが、高齢化の現実はこのような所にも影響を及ぼしています。
地域おこしを考えている人へ
スペイン語のクラスから地域の子供へ向けた教室など幅広い活動が行われてます。
旭川の市民でもそれ以外でも、地方都市へ行って地域おこしの活動に興味がある人は少なくないかもしれません。
自治体によってサポートの体制や条件は様々ですが、田舎へ移住したい人や地域おこしがしたい人、企業をしてみたい人、農家をやりたい人など、様々な条件の中から探すこともできます。
ただ「引き出しが多いにこしたことはない」とお二人が語るように、田舎ではその人の持っているスキルが存分に生かされたり重宝されることも多々あります。
都会では五万といるようなweb知識しか持っていない人も、田舎ではこぞって周囲の人が頼りにしたくなるスキルであることも事実なのです。
最後にちょっとしたお話
南米を旅していた奈良出身の小西さんが北海道に移り住んだ理由は、アルゼンチンのパタゴニアに滞在していた時に帰国が近づいてきて、日本で生活をするなら北海道がいいなと考えるようになり移住をしてきました。
ペンギンがものすごく好きで野生ペンギン全てを見に行くことが現在の夢だそうです。
一方大阪出身の村上さんは大阪でライダーカフェを経営していたバイク好きの女性。
地域おこし協力隊を目的に移住してきたわけではなく、大阪で生活していた時すでに剣淵町で空き家を購入したのがきっかけで、剣淵の地域おこし協力隊として活動を始めました。
皆様々なバックグランドや理由を持って地域おこしに健闘しているようですね。
バドミントン元全日本ジュニアチャンピオン。20代半ばよりオーストラリアで生活後、アジア、南米、北米を1年半放浪。帰国後は沖縄の宮古島、兵庫の淡路島などで島生活を経てバドミントンネパール代表のコーチに就任。その後メキシコでジュニア代表もコーチし、マヤ族と一緒に生活。海外ではクリスタルやオパールなどの天然石の買い付けも行い、マクラメジュエリー、アトリエ「名もなき石屋」を幌加内で運営。著書にノンフィクション「旅を終えると君の余命は1年だった」を出版。英語、スペイン語、手話での会話が可能。