美しき蒔絵の世界。人間国宝3名をご紹介

美しき蒔絵の世界。人間国宝3名をご紹介

旭川に住む美術品・骨董品マニアの私が、有名作家や作品を世に広めるため、詳しくご紹介します!また、お宝をお持ちの方におすすめの買取り店もご紹介。


漆聖(しっせい)と称えられた昭和期を代表する漆芸家(蒔絵師)松田権六

松田権六(まつだ ごんろく、1896年 ~ 1986年)は、昭和期を代表する日本の漆芸家(蒔絵師)です。 その卓越した技術と漆への深い探究心から、後世には「漆聖(しっせい:漆の聖人)」とも称えられました。

1955年には重要無形文化財「蒔絵」の初代保持者(人間国宝)に認定され、のちに文化勲章も受章しています。

松田権六は、漆芸の街として名高い石川県金沢市に生まれました。 わずか7歳(数え年で8歳)の時、仏壇職人であった実兄・孝作に弟子入りし、蒔絵の基礎を徹底的に体に叩き込まれました。

地元の石川県立工業学校を卒業後、東京美術学校(現・東京藝術大学)に進学。ここでは名工・六角紫水(ろっかく しすい)らに師事し、古典的な工芸技術や東洋の伝統的な美意識を学びました。

1925年、大村西崖らの勧めで並木製作所(現・パイロットコーポレーション)に入社。ここで、海外市場向けに「蒔絵万年筆」を企画・制作指導し、これが「ダンヒル・ナミキ」として世界的な大ヒットを記録しました。漆の美しさを世界に知らしめた、彼の極めて重要な功績の一つです。

その後は母校の東京美術学校で36年間にわたり教鞭を執る一方、日本工芸会の設立に尽力するなど、日本の伝統工芸の保護と後進の育成にその生涯を捧げました。

松田権六の作品の最大の特徴は、「古典的な美しさと、極めて正確な写実・合理性の融合」にあります。
彼は中尊寺金色堂の保存修理や正倉院宝物の調査に深く関わり、古代の漆芸品がなぜ千年以上も美しさを保ち続けているのかを徹底的に研究しました。       

 「今日、科学は進んだといいながら漆を溶かす薬はまだ出てこない。この溶けないものを剥げないように塗ればそれでいい」 という言葉を残しているように、漆という天然素材の強靭さと性質を誰よりも理解し、伝統的かつ妥協のない製法を貫きました。

ただ伝統的な文様をなぞるのではなく、鳥や動物、草木といったモチーフを徹底的に観察し、その骨格や生命の躍動感までを漆の上に表現しました。金粉、銀粉、螺鈿(らでん:貝殻の裏側をはめ込む技法)などを巧みに使い分け、重厚でありながら非常にモダンで洗練された作風を確立しています。

代表作は『有職文蒔絵螺鈿飾箱(ゆうそくもんまきえらでんかざりばこ)』(1960年) は、正倉院伝来の古典的な「有職文様」をベースにしながら、貝殻を薄く研ぎ出して貼り付ける螺鈿(らでん)と細密な蒔絵を施した、彼の円熟期を象徴する国宝級の傑作です。

蒔絵螺鈿有職文筥 (コレクション)- 国立工芸館

https://www.momat.go.jp/craft-museum/collection/lc0043

代表作は『有職文蒔絵螺鈿飾箱(ゆうそくもんまきえらでんかざりばこ)』(1960年) はこちらのサイトで見れます。

『鶴蒔絵硯箱(つるまきえすずりばこ)』(1950年)は空間いっぱいに群れ飛ぶ鶴の生命感が見事に表現された名作です。

東京美術学校の卒業制作で、実技に「満点」をつけられた際、権六は「美術に満点などあるはずがない」と憤慨し、校長室に減点を直談判しに行ったという逸話が残っています(結局、減点にはならなかったものの、彼の完璧主義がよく伝わるエピソードです)。

また、彼が1964年に著した『うるしの話』(岩波新書)は、漆の歴史や技術、自身の修行時代を語った不朽の名著です。工芸に志す者だけでなく、ものづくりに関わるすべての人に愛読され続けています。

松田権六の技術と精神は、現在も日本の漆芸界に深く根付いており、金沢にある「国立工芸館」には彼の実際の仕事場が移築・復元されています。

#蒔絵#松田権六

現在の松田権六作品の買取り額は数十万円~数百万円

「平文(ひょうもん)」技法で日本を代表する漆芸家(蒔絵師)大場松魚

大場松魚(おおば しょうぎょ、1916年〜2012年)は、昭和から平成時代にかけて活躍した日本を代表する漆芸家です。1982年(昭和57年)に重要無形文化財「蒔絵」の保持者(人間国宝)に認定されました。

大場松魚(本名:勝雄)は、金沢の熱心な漆芸の家系に生まれました。地元の伝統を受け継ぎながらも、さらなる高みを目指して技術を磨き続けました。

祖父や父から家業の蒔絵を学び、基礎を固め、その後、同じく人間国宝である松田権六(まつだ ごんろく)に師事します。松田から「古典に学び、それを現代に活かす」という強い芸術哲学を受け継ぎました。

1964年からは、国宝である中尊寺金色堂(岩手県平泉町)の昭和の大修理において、蒔絵の修復責任者を務めました。この時、平安時代の高度な古典技術を深く研究したことが、その後の彼の作風に決定的な影響を与えました。

大場松魚の作品は、非常に緻密でありながら、現代的でモダンな美感覚を持っている点が特徴です。彼を象徴する重要な技法が「平文(ひょうもん)」です。

平文とは、薄く叩き伸ばした金や銀の板を文様の形に切り抜き、漆の面にはり付け、その上からさらに漆を塗り重ねてから研ぎ出す技法です。 松魚はこの平文の技術を極限まで高めました。彼の平文は、ただ金銀を貼るだけでなく、グラデーションのような繊細な輝きの変化や、幾何学的で洗練されたデザインを生み出すために使われました。

金沢の「加賀蒔絵」は元々、武家文化に育てられた力強く豪華なスタイルが特徴ですが、松魚はそこに現代的な構成美(幾何学模様や抽象的な自然の表現)を取り入れました。鳥の羽ばたきや波の動きなど、自然の一瞬の美しさを、計算し尽くされたデザインに落とし込んでいます。

大場松魚の漆芸は、伝統の殻に閉じこもるのではなく、「古い技術を使って、いかに現代の美を表現するか」という挑戦の連続でした。彼の手によって生み出された作品は、今見ても全く色褪せないモダンな輝きを放ち続けています。

#蒔絵#大場松魚

現在の大場松魚作品の買取り額は数十万円~数百万円

「卵殻(らんかく)」技法を極限まで高め、漆芸界に全く新しい表現をもたらした寺井直次

寺井直次(てらい なおじ、1912年〜1998年)は、先ほどご紹介した大場松魚と同じく、昭和から平成にかけて活躍した石川県金沢市出身の漆芸家です。1985年(昭和60年)に重要無形文化財「蒔絵」の保持者(人間国宝)に認定されました。

大場松魚が「平文(ひょうもん)」の達人であったのに対し、寺井直次は「卵殻(らんかく)」という独特の技法を極限まで高め、漆芸界に全く新しい表現をもたらした人物として知られています。

寺井直次の経歴で非常にユニークなのは、東京美術学校(現・東京藝術大学)で、やはり蒔絵の巨匠である松田権六に師事した点です(大場松魚の同門、いわば兄弟子にあたります)。

在学中から卒業後にかけて、松田権六の指導のもとで「理化学研究所(理研)」の漆工研究室に勤務しました。ここで漆の化学的性質や、金属(アルミニウムなど)への塗装技術を研究。この「科学的な視点」が、のちの彼の革新的な技法開発のベースとなりました。

戦後は金沢に戻り、漆芸の制作を続けながら金沢美術工芸大学の教授などを歴任。伝統的な芸術表現だけでなく、工業製品への漆の応用(漆工技術の近代化)にも大きく貢献しました。

寺井直次の代名詞であり、人間国宝への決定打となったのが「卵殻(らんかく)」の技法です。

卵殻技法とは、文字通り「ウズラの卵の殻」などを細かく砕き、漆の面に一切の隙間なく貼り詰めていく技法です。漆には「鮮やかな純白」を表現するのが難しいという性質があるため、古くから白い表現をしたい時にこの卵殻が使われていました。

従来の卵殻技法は、平らな面(平面)に貼るのが一般的でした。しかし寺井は、器のなだらかなカーブ(曲面)に対しても、殻のひび割れ具合を完全にコントロールしながら、まるで1枚の滑らかな白い絵の具で描いたかのように美しく貼り詰める技術を開発しました。

これによって、漆黒の闇(黒漆)の中に、息をのむほど鮮烈でボリューム感のある「白」を表現することに成功したのです。

寺井直次の作品の多くは、「鶴(ツル)」や「鷺(サギ)」、あるいは「金魚」といった動物や鳥がモチーフになっています。

漆の深い黒や金粉の輝きの中に、卵殻による真っ白な鳥たちが群れをなして羽ばたく姿は、極めてダイナミックでモダンです。静止している工芸品でありながら、今にも動き出しそうな「生命の躍動感」や「スピード感」を感じさせるのが、彼のスタイルの最大の特徴です。

大場松魚が「金銀の直線や面(平文)」で現代的な構成美を追求したのに対し、寺井直次は「卵の殻(卵殻)」を使って「生き物の生命力」をスタイリッシュに描き出しました。同じ金沢出身で、同じ松田権六という師匠を持ちながら、それぞれ全く異なるアプローチで蒔絵の歴史を塗り替えた2人は、現代漆芸界の二大巨頭と言えます。

#蒔絵#寺井直次

現在の寺井直次作品の買取り額は数万円~数十万円

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