初めて旅をした1975年のアメリカ Oilco Yoh

初めて旅をした1975年のアメリカ Oilco Yoh

北海道アメカジのパイオニアOilcoのYohさんがアメリカを旅した1975年。 ヒッピームーブメントの中19歳でインスパイアされたアメリカ文化は自身のアイデンテティーに大きな影響を与えた。 若き頃のYohさんがアメリカを旅する中で感じたアメリカの空気。 旅は一人の若者を育て、旅は一人の日本人にアメリカの文化を手渡した。


1975年のアメリカ

北海道東川町で小さいながらも、全国の多くのファンから人気を誇るアメカジショップを営んでいるYohさんがアメリカを旅した1975年。

中学生の頃から憧れていたアメリカに当時19歳で渡米し、Yohさんのアメリカでの生活はサンフランシスコから始まりました。

きっかけは大学に入学したものの、やはり自分の感覚とどうしてもぬぐいきれないものを感じたから。

半年ちょっとの学校生活に自ら終止符をうち、その数ヶ月後アメリカに飛ぶことを決断しました。

「パンナム航空で渡米して、ハワイ経由でサンフランシスコに入ったんだよ。1975年のサンフランシスコはヒッピー発祥地でね。ピークが少し落ち着いたあたりだったけど、街中はヒッピーだらけだった」

サンフランシスコに降り立った若き頃の青年はベイブリッジを渡りオークランドを経由してカリフォルニアにあるバークレーという街に渡りました。

もう一度アメリカの学校へ

深夜にバークレーの街に着いたYohさんはこれからしばらく滞在するアパートへ向かいます。

「夜中だったけどマネージャーが起きててさ。適当に部屋割りをするんだよ。とりあえず日本人が数人いたから、その日本人と一緒の2人部屋に割り当てられて。そのままミーティングみたいな感じで紹介されたのかな。今日から新しい人が来たからねって」

学校に入り英語力にさほど問題のなかったYohさんはトップクラスに入れられるも、周囲は東大や慶應などの有名大学からの留学生ばかり。

「別に劣等感はなかったんだけど、話がとにかく合わなくてね(笑)でもその中に一人だけお医者さんを日本でやっていた人が留学していて、その人が俺を可愛がってくれたかな」

そんな学校生活の始まりと共にYohさんがどうしても真っ先に行ってみたかったのがTHE NORTH FACE(ノースフェース)の本店。

今でこそアウトドアブランドやファッションブランドとして有名なTHE NORTH FACEですが、すでにその頃から本店へ行ってみたいと考えていたYohさんのファッションとしての嗅覚は、日本人のファッション感覚の数歩先を歩いていました。

旅について

学校のあったサンフランシスコからアメリカの旅を始めたYohさんはグレイハウンド(長距離バス)に乗ってアメリカを北上しオレゴン、シアトルへと一人で旅に出ることに。

「当時のグレイハウンドのバス停ってすごく治安が悪かったな。待合室に座るとイスの前に小さなテレビがあったんだよ。コインを入れてテレビを見ながらバスを待ってると、黒人がタバコをくれとか金をくれとか寄ってきてね。適当に入ったバーでシャツを脱がされたりもしたな」

知らぬが故の無謀な度胸であったものの「今なら行かない」と笑うYohさん。

しかしそんな危険も楽しむのがアメリカの旅の魅力であって、若き旅人が求める捨てきれない好奇心。

そんなアメリカの片田舎を旅する中で今のYohさんの土台となる様々なものにインスパイアをされていきます。

「ここにあるものも含め、アメリカの空気感なんかはやっぱりアメリカに行かなきゃ得れない感覚なんじゃないかな。どうやって日本に持って帰ってくるかなんて考えることもなかった。ここで逃したらもう会えないと思うと、とにかく集めてたよ」

東川で営むショップから少し離れたとこにあるOilcoの倉庫にはアメリカの旅で出会った錆びついた物から今では簡単に手に入らないような物まで様々。

広大な砂漠の中にポツンと佇むゴーストタウンを巡り集めてきた品々は、まるでそこの倉庫が当時のアメリカを再現しているかのような空間。

どこか旅の匂いを感じさせる一つ一つのアイテムには、手にするだけでどんな時を刻んできたのかを描かせてくれる魅了さえ詰まっています。

自身のルーツについて

イヌイット(カナダ北部の先住民族)の血筋を持つYohさんはアメリカからカナダに渡って、自らのルーツを旅しようと考えなかったのか。

「そのことについては親父の代から絶対にシークレットだった。だから俺もルーツを旅しようとは考えなかったよ。今でこそ友達には話してはいるけど、当時イヌイットはアイヌと同じで差別の対象だったからな」

そう語るYohさんだが、自らの子供にそのことを伝えてはいない。

「俺は誇りに思ってるけど、わざわざ話すことでもないしさ」

しかし今でもたまにネットでイヌイットについて調べるYohさんは、自身のルーツであるイヌイット民族が20以上の部族であったことや、部族の画像を見つけては自身の顔立ちと似ていることなどを見ては密かに楽しんでいる。

ヒッピーカルチャーについて

アメリカに渡米する前からヒッピーという存在を知っていたYohさんは彼らと過ごし、旅をする中でどんなことを感じ、どんな影響をもたらしたのか。

「ウッドストックの映画とかもあったからヒッピー自体は知っていた。でも最初は感銘も受けたこともあったけど疑問に思うこともあったかな」

ベトナム戦争への反対から生まれたアメリカのヒッピーという存在。

仕事をしている様子もなく、戦争反対を掲げ愛と平和を訴える彼らの生き方は日本から来た若き青年に2つの感情を与えた。

感銘と疑問。

裸足で素肌にオーバーオールを着て、スケートボードを乗り回すヒッピー思想を持った学生は学校の中にも存在し、旅先でもまたそんなヒッピーたちと旅をすることもあったYohさん。

お金も食べ物も何でもシェアする精神、今日明日をどうやって楽しむかという思考は一人の日本人を形成するにあたり些細なスパイスともなった。

アメリカの中のアジア人

差別がなかったかと言えば嘘になる。

ただしかし黒人に対する差別とアジア人に対する差別は全くの別物だった。

「俺のいたサンフランシスコ近くのオークランドは当時全米一の犯罪率だったんだ。何かあればすぐに引っ張られて殺されるような場所。でも黒人に対する白人の対応とアジア人の俺らは少し違ったけどね」

アジア人には理解できない白人と黒人の差別問題には根強いものがある。

今でも火種は消えず、世界各国で問題になることが多い中、当時のアメリカでは黒人の人権がないに等しかった時代。

そんな人種差別を目の当たりにしてきたYohさんも時には白人の子供の頭を撫でただけで「触るな」と言われたこともあった。

1975年はまだまだ白人主義が時代を制圧していた時代でもあったのだ。

もう一度旅をするなら

「モンタナとかネブラスカ、ワイオミングやダコタかな。北の最果てあたりを旅したいな」

そう間髪入れずに答えた理由はアメリカ北部の町には未だアンティークなものが眠っている場所だと言う。

時を経たアメリカ文化やアンティークな物への好奇心は衰えを知らない。

古いアメリカの地図を片手に見知らぬ土地のモーテルで夜な夜な地図を眺めては、まだ見ぬアメリカの町を想像した若き頃。

泊まったモーテルで、電話帳を見つけては行きたい場所の住所を破って印をつけた。

そんな古い旅の思い出のある切れ端は今でも家に保管しているという。

アメリカからメキシコに渡り旅をした際には、多くのメキシコ人が物珍しいアジアの若者を凝視した。

「治安の悪いところってなんか楽しかったんだよな」

そんな無邪気で少し危険な好奇心は大人になった今、経験と共に変わりつつあるが根本は変わらないのではないだろうか。

「もうアメリカに行くことはないのか?」最後にそんな質問をしてみた。

Yohさんはポケットから出したタバコに火をつけて、微かに微笑んだ。

「アメリカにいる古い友人に会って日本人のいない北部を旅したら、もうアメリカの旅は終わりかな」

歳を重ねたYohさんが最後に再びアメリカを旅する時、一人の男の旅は幕を降ろすのかもしれない。

Oilco Warehouse

Interviewee: Yoh Suzuki #Instagram→here

Photo: Nana Endo #Instagram→here

Interviewer: Akihito Hashimoto #Instagram→here

Place: Oilco Warehouse at Higashikawa

If you read more↓

【保存版】東川OilcoのYohさんに聞いた、僕たちに語ってもらいたいこと | 旭川のことならasatan

https://asatan.com/articles/73

数々の有名ファッション雑誌で、北海道を代表するアメカジのパイオニアとしても知られるYohさんに、3時間のロングインタビューで聞いた人生観。多くの人が普段聞くことのできない、でも本当は聞いてみたいことを聞いてみました。是非あなたの人生のエッセンスに加えてみてはいかがでしょうか?きっと自分を変えてくれる何かがあるはずです。

この記事のキュレーター

バドミントン元全日本ジュニアチャンピオン。20代半ばよりオーストラリアで生活後、アジア、南米、北米を1年半放浪。帰国後は沖縄の宮古島、兵庫の淡路島などで島生活を経てバドミントンネパール代表のコーチに就任。その後メキシコでジュニア代表もコーチし、マヤ族と一緒に生活。海外ではクリスタルやオパールなどの天然石の買い付けも行い、マクラメジュエリー、アトリエ「名もなき石屋」を幌加内で運営。著書にノンフィクション「旅を終えると君の余命は1年だった」を出版。英語、スペイン語、手話での会話が可能。

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